約150年前から続く技術と現代のあたらしい感性が、オランダと日本を通じて融合し、ひとつのアートが完成した。写真、彫刻、絵画を交差しながら身近な素材を用いて構築した作品を、最終的に写真という手法で完成させるドーデワードのユニークなアプローチは、表具師、経新堂稲崎の高い技術をもって、4.5mもの薄い和紙の展示を可能にした。
ペイントされた木の棒を撮影してそれを和紙にプリントし、表具の技術で横に9枚つなぎあわせ、一本の線のように表現された本作。プリントは、徳島県にある和紙の製造メーカー〈アワガミファクトリー〉に依頼。以前ドーデワードは別のプロジェクトで同社を知り、彼らの伝統的な技術を活かしながら新しい技術への探求の中で開発された、耐候性もある美しい仕上がりを実現する阿波紙を選択。オランダのプリントラボ〈De Verbeelding〉に取り寄せ、彼女の監修のもと印刷をおこなった。
日本の美術史からも多くの影響を受けたドーデワードらしい、まるで横長の掛け軸のような本作には、見慣れたものの中に新たな視点を持たせたいという彼女の狙いも込められている。そして本作に関わらず、彼女の作品はその鮮やかなカラーリングが印象的だが、今回のカラーについてこう説明する。
「人生とは色でできています。1色1色は、断片的なできごとや経験を示し、単体のオブジェとしても成立しますが、それがひとつにつながると、時間の経過や完成に至るさまざまなプロセスの存在があることに気付かされるのです」
こうしてこの4.5mもの長い作品がTOKYO CRAFT ROOMのモノトーンのベッドルームの広い壁に取り付けられた。通常はガラスなどで額装するところを、シワやたるみがでないよう裏打ちをして本紙を繋ぎ、間に木片を貼ることで補強。稲崎さんの技術がここにも光る。色鮮やかなカラーが一気に視界に飛び込むが、掛け軸のような趣と和紙の質感がこの部屋の設えに見事に馴染んでいる。
ドーデワードはこの作品を「GRASS IN THE WIND」と名付けた。
「『GRASS IN THE WIND』は、私が住むオランダ・アムステルダムと、ここ、HAMACHOU HOTELのある東京・日本橋浜町の距離を表現しています。その長い距離を一本の線でつなぎ、草が風に舞うように互いを行ったり来たりするようなイメージをこの名前に込めました。それはコロナ禍において完成まで対面することなく、オンラインやメールのみで対話を何度も重ねてきた本作の制作プロセスにも通じています」
そして改めて、作品の完成を経てこの度の協働を2人は振り返る。
「心を豊かにしてくれるプロジェクトでした。日本でコラボレーションすることはいつも楽しいこと。デザイナー側である私と表具師としての稲崎さん、2つの違った観点が混ざり合いました。自分のアプローチは、伝統的な職人のそれとは違っているとは思いますが、5世代にわたって歴史と技術を継承してきた方の手仕事にとても尊敬心を持ちました」とドーデワード。
「コロナ禍で完成まで結局対面することが叶わず、オンラインでのキャッチボールが続く中で、書道家や日本画家といった普段ご一緒する方々とは違うタイプのアーティストとの協働でした。純粋な日本の表具の技術で作品に落とし込み、いかに安全に設置するかということに時間を費やしました。最終的には和紙に裏打ちをして、木を使い補強をしながら展示するという、自分が持つ技術で表現ができたと思っています」と稲崎さん。
「GRASS IN THE WIND」という詩的な言葉が生まれた今回のプロジェクト。対面できないもどかしさがありながらも、だからこそ丁寧に緻密に考え、互いに想いやアイデアを伝えることができた。まさにこの環境下でなければ生まれなかった作品であっただろう。機能をもったアイテムが揃いつつあるこのTOKYO CRAFT ROOMに、アートという新しい風が穏やかに吹き込んだ。
Fleur van Dodewaard
フラー・ファン・ドーデワード
1983年オランダ生まれ。アムステルダムを拠点に活動するビジュアルアーティスト。アムステルダム大学で演劇を、ハーグの王立芸術アカデミーでファインアートを学び、その後リートフェルト・アカデミーにてファインアートと写真を学ぶ。彼女の作品は、日本、ロシア、オーストラリア、アメリカなど、世界各地の展覧会で展示されており、オランダのモンドリアンファンデーションのよりEstablished Artist Stipendを受けている。フラー・ファン・ドーデワードの活動は、写真、彫刻、絵画が交差します。これらのメディアの特性や美術史、形式のリサーチを通して、新たなアートの視点をわたしたちにもたらす。
Kyoshindo Inazaki
経新堂稲崎
江戸天保年間より日本橋で5代続く大経師の称号を持つ表具店。表装、額装、屏風、襖、壁装など表具全般を手掛けており、世襲技術に独創を加えることをはじめ、美術・工芸品の保存修復を主に、意匠の製作も行う。