「バスケット」というひとつのアイテムに絞り込んで生まれた倉本仁さんのデザイン案をもとに、プロジェクトはいよいよ制作へ。TOKYO CRAFT ROOMにインストールされたプロダクトを、カンディハウスとソメスサドルの検証、試作から振り返る。はじめて対面するデザインだからこその苦労がありながらも、3社が目指す地点への意識は揺るぐことはなかった。あらたな技術や工夫が生まれた日々を経て、人や素材、さまざまなパーツがひとつに組み上がった。
技術更新に向かうための試行錯誤
「最初のデザインイメージを見てすぐに、”これは無理だよ”と言ってしまいました(笑)。木の特性を考えると、このデザインの通りに加工していると割れや欠けが生じてしまう可能性が高いため、社内で検討を重ねて一次試作、二次試作へと進めていきました」と、倉本さんからの最初のデザイン提案の資料を見た時のことを振り返るのは、カンディハウスの技術開発本部部長の本庄良寛さん。両社の制作過程を追う中で、当然数々の困難があった。デザインを実現するための技術や制作アイデアの検討はもちろん、今回は端材を使うことを目的としているため、完成図を見てそれにもっとも見合う材料を調達することはできず、いまある端材の中から考えなければならない。しかしながら、社外のデザイナーと、まったくあたらしいプロジェクトに取り組むからこそ発展する技術があることも両社は知っている。
カンディハウスが担ったのは、主にバスケットの底部分。木製の底部と縫い合わせられた9枚からなる革を接着し、円筒状のフォルムを作る。また、この9枚の革は縦の長さが違うため、それにあわせて張り合わせる部分の木のパーツも高さが異なる。まずは端材のパーツを組み合わせて底部となる木のかたまりを作り、NCで削り出し、さらに底部の丸いフォルムに削り出すため、治具を吸着させてさらに削り出す。その後それぞれつなぎあわせる革の長さに合うように、今度は職人の手作業で削り出すという工程を策定し検証を重ねた。今回は北海道産のオークの端材を使用し、最終的にダークグレーの塗装が施された。
「木とどう合体させるか、円形をどうキープさせるかという点では何度も協議を重ねました。風合いの違う革同士をつなぐので、伸縮の違いでずれてしまう可能性もあります。第一次試作で入れていなかった芯材を、第二試作で採用しました」とソメスサドルの染谷社長。
最終的に革を1.5mmにすき、1mmの紙製の芯材を2枚重ねて、両面を革ではさむという方法で、強度を出す方法にたどりついた。そして横のステッチで革同士を縫い合わせ、丸いフォルムのシルエットをより引き立てる工夫も施された。ソメスサドルの革製品は、一部の強度が必要な部分を除いて基本はミシンが主流。ステッチの穴あけから縫製まですべて手でおこなわれるのは稀なケースだという。
あらゆる場面で試行錯誤しながら、現場のチャレンジと工夫を重ねる。木と革という2つの素材と両社の技術、そのどちらかを引き立てるのではなく、両社の技術がそれぞれ活かされたバスケットが完成した。完成品を目にした倉本さんもそのことを実感したようだ。
「木と革を合わせたことで、それぞれの素材のよさが何倍にもなったと思う。とても相性がよい素材だということを実感しました。強度や美意識を共有して行っているからこその相乗効果だったとも思います」
未来のデザイン、未来のクラフト
「”バラバラなものがひとつになった”みたいな言葉を、名前にしたいと思ったんです」という倉本さんの構想から、完成したバスケットは「Mono(モノ)」と名付けられた。
「たくさんのものをひとつに集めて、シームレスできれいなフォルムにするってやっぱり難しいんですよね。でもこんなふうに一体感のある形にすることがデザインのポイントでもあったんです。素材も、職人さんも、このプロジェクトにたくさんのものや人たちが集まってひとつになったという意味を、この”Mono”という名前に込めました」
今回のプロジェクトで得た気づきについて倉本さんは続ける。
「知ってはいたものの、思っている以上に端材は出るんだなということ自体が大きな気づきでしたね。家具や馬具など、大きなものを作ればそれだけ余る部分も大きい。その余った部分で何か作るとなると、材料も大きくなってくる。だからこそ、今回は小物に目を向けました。サイズの制限さえクリアすれば、めちゃくちゃいい申し分のない材料なんです。世の中がどんどんサステナブルな動きになっていることも改めて感じました。カンディハウスさんは地場から伐り出してきた木を地場の職人が使い、その山をどう育てるかというところも含めた取り組みにも力を入れていますし、こういったある種ムーブメントになる前から、ソメスサドルさんはこの大きな端材を何かに活用しようと、捨てずに保管していたことも素晴らしいですよね。そういった考えも今回うまく表現できたらとは思っていました」
「実現は無理ではないか?」というところからはじまり、試行錯誤を重ねながら、最終的にはデザインプランを大きく変更することなく完成させたったカンディハウスとソメスサドルの両社長も、今回の取り組みを振り返る。
「我々の本業の流域の中で使われなかったものに対して、これまでもどうしようか、というところで進まなかったところがあったのですが、今回クリエイターが加わってぐっと進んだ実感を得ました。私たち企業の革新のための、”デザイン経営”という手法が挙げられることがあり、その中に、”伝統と革新”という組み合わせがあります。今回のプロジェクトはまさにそうだったのではないでしょうか。新しいものへの気持ちは大事だなと思いましたね」とカンディハウスの染谷社長。
「社の代表になったときから常に意識していることですが、会社として変えてはいけない部分と変えなければいけない部分がある。そのバランスを取っていくことが重要だと感じています。その中で今回のプロジェクトを通して、これまで受け継いできた技術や素材に対する意識も常にアップデートして、次世代へ繋げていかなければはならないと改めて思いました」とソメスサドルの染谷社長。
そして倉本さんは、これからのデザインやものづくりにおける価値についても考えを巡らす。
「余った素材で何かを作りそこに価値をつけるというのは、業界的にも取り組んでいることですが、やはり僕らの世代のデザイナーが請け負うべきミッションであることは感じています。産業革命以降、新しい価値を生み出すためにデザイナーが働き、成熟してきた状況の中で、今はもうちょっと、”より慎ましくできることを豊かに伝える”ということが大切なんじゃないかなと。たとえばバブル期からすると、そんなの貧乏くさいよって言われるようなことを、今は美しく伝えなくてはならない。強いるのはよくないし、手間はちょっとかかるけど、それが”気持ちいいこと”であるとを理解してもらう必要があるのではないでしょうか。今僕らがやるべきは、そういう意識を生み出すようなきっかけとなるデザインを発信することなのかなと思っています」
妥協なき挑戦と美しさへの追求によって、抱えていた課題は良質な素材に変換され、より価値あるモノとしてTOKYO CRAFT ROOMに加わった。デザイナーと作り手の間でおこなわれたものだが、彼らのプロセスと根底にある思考は、デザインやものづくりの領域をも超えて、私たちにさまざまな気づきのきっかけをもたらしてくれたのではないだろうか。またひとつ、ここから発信するクラフトの形が誕生した。
Jin Kuramoto
倉本 仁
1976年兵庫県生まれ。家電メーカーのインハウスデザイナーを経て、2008 年に東京目黒に『JIN KURAMOTO STUDIO』を開設。プロジェクトのコンセプトやストーリーを明快な造形表現で伝えるアプローチで家具、家電製品、アイウェアから自動車まで多彩なジャンルのデザイン開発に携わる。素材や材料を直に触りながら機能や構造の試行錯誤を繰り返す実践的な開発 プロセスを重視し、プロトタイピングが行われている自身の”スタジオ”は常にインスピレーションと発見に溢れている。 iF Design Award、グッドデザイン賞、Red Dot Design Awardなど受賞多数。2015~2017年グッドデザイン賞審査委員。
CondeHouse
カンディハウス
1968年の創業以来、国内有数の家具産地、北海道・旭川にて長く使える美しい生活の道具をつくる木製家具ブランド。国内外のデザイナーと共に妥協のない製品開発に取り組んでいる。北海道の自然と日本の文化に育まれた美意識をデザインとものづくりに生かし、国内はもとより世界各地に向けて発信している。
SOMES SADDLE
ソメスサドル
北海道砂川市に本社を構える馬具・皮革製品メーカー。1964年の創業以来、革を扱う技術の極致といわれる「鞍づくり」を中心に、鞄をはじめ革小物、インテリアなど様々な革製品づくりを続けている。競馬用鞍は多くのJRA騎手に支持されているほか、平成、令和の天皇即位に際しては馬車具を納入した。馬具づくりの技術を応用して作られる革製品は愛用者も多く、修理などアフターケアにも力を注いでいる。
“Mono” Basket
Size:
300mm x φ250mm
Material:
Wood, Leather
Price:
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