“素材の持つ特性と技術をシンプルに引き出す”というデザイナーの熊野亘さんの着想から、北嶋絞製作所が持つヘラ絞りの技術で作る「鏡」の製作がはじまった。鏡には様々な形はあるものの、平面的なフレームのような印象が強いが、「平面的ではなく、何か立体的な“鏡のかたまり”のような、新たな存在感の鏡をTOKYO CRAFT ROOMに設置したい」という熊野さんのコンセプトから、ヘラ絞りは円盤上の板を球体、半球体に成型する技術なので、鏡として機能するために極力フラットな面を大きくし、使用する型の選定と検証も綿密に行い、直径80cm、厚み約15cmほどの巨大なしずく状の鏡の製作が計画された。
完成に向けてのプロセスを熊野さんは振り返る。
「鏡としての映りはどうなのかという、機能的な部分を担保しつつ、水銀玉の雫のような存在感を失わないようにするために、器状に絞った鏡の壁面に接する小口を内側に曲げこんで、小口断面を見せないようにしました。また、鏡の写りのクオリティを上げるために、研磨の番手を上げて磨き込んでいただきました。1stのサンプル制作があがってきたとき、ここまで鏡の機能を担保できたことには驚きでした。もうすこしヘラの跡が出てくるかと思っていたのですが、凹凸のないきれいな曲面だったので、これは鏡として成立すると確信しました」
実物の約半分のサイズで製作された1stサンプル
サンプル製作をはじめ完成に向けたさまざま検証を経て、いよいよ実制作へ。材料はステンレスの板1枚のみ。組み立てる部品も塗装もなく、シンプルに“金属板を型に合わせて成型して表面を磨く”のだが、それはもちろんヘラ絞りの技術だからこそ実現できる工程だ。直径80cmの円状にカットされたステンレス板と型を、通称ろくろと呼ばれる機械に取り付けるとすぐに、ヘラ絞り=型にあわせて成型していく工程がはじまる。
陶芸家がろくろを使い、自身の手で形を作るさまと同じように、ろくろと呼ばれる専用の機械を回転させ、ヘラを使って少しずつ型に沿わせていく。ものの30分も経たないうちに、平らだった金属板に、プロダクトとしての形が吹き込まれていく。ろくろの回転スピードや絞りの加減しながら、理想通りの形を実現するためには、機械や数値では制御できない、人の手の感覚がもっとも重要となる。“あっという間”と思ってしまうような工程だが、このように職人が一人前にヘラ絞りができるようになるまでに、10年はかかるという。
「お客様の要望、図面通りの製品に仕上げるためには、どのように加工していけば良いか、満足のいく仕上がりになるかを、色々なパターンから考えています。今回は鏡にするために最終的に表面を研磨するので、ちょっとした傷やヘラの目も目立ってしまいます。ですからそれらがないように配慮して加工しました」と北嶋絞製作所の三橋さん。
これまで想像しなかったデザインと技術をもって、プロダクトが完成へと向かう。そんな大胆な発想の背景には、デザイナーと作り手の緻密なプロセスがある。現代では一般的に鏡は、ガラスに銀や銅などのメッキを塗り化学反応を起こして作られているが、古代に遡ると、石や金属を磨いて鏡にしていたことが遺跡の発掘から明らかになっている。そんな時代背景を図らずも、本プロジェクトで1枚の金属板から作ることに挑戦したことで、まったく新しい鏡に対面すると同時に、私たちのプリミティブな感覚も呼び覚まされるような気がしてならない。
>>Story3へ続く
Wataru Kumano
熊野 亘
プロダクトデザイナー。2001-08年にフィンランドへ留学、ヘルシンキ芸術大学（現アールト大学）大学院を卒業後帰国、2008年よりJasper Morrison Tokyo Studio代表を務める傍ら、2011年にデザインオフィス” kumano “を設立し、木工デザインを中心に、国内外のインテリア、家具、プロダクトデザインやプロジェクトマネージメントを手掛けている。2021年より、武蔵野美術大学准教授に就任。
Kitajima Shibori Seisakusho
北嶋絞製作所
1947年創業した東京・大田区にある、各種金属のヘラ絞り部品加工を専門とする製作所。少数手作りから自動絞り、プレス成形による量産品にいたるまで、数多くの生産を手掛けている。特殊金属のヘラ絞り加工を得意とし、最先端の設備と70年余年積み重ねてきたノウハウをもって、人工衛星機器部品から航空機、半導体装置やモニュメントのような単品加工まで、大きさや種類も多岐にわたる。
“bead” Mirror
Size:
φ800mm
Material:
Stainless steel
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