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Kan Izumi × Scent [Story2] 目に見えないものが、形になる瞬間

TOKYO CRAFT ROOMから”東京”を抽出し、そこからさまざまなキーワードを集めて香りをつくるコンセプトを導き出した和泉侃さん。東京で採取した植物や石を制作の拠点である淡路島に持ち帰り、さらに感覚を研ぎ澄ませ、試作がはじまる。制作プロセスとそこに息づくあらゆるインスピレーションに触れるために、和泉さんのアトリエ『胚』を訪れた。

香りのルーツの島で、“東京”と向き合うということ

瀬戸内海東部に位置する兵庫県・淡路島。香りの原料となる植物の豊かさに魅せられ、和泉さんは2017年からこの島で暮らしている。淡路島は日本有数の線香の生産地で、全国の生産量の7割を占めている。その背景には、日本で最初にお香の文化が発祥した場所という古い歴史があった。西暦595年(推古3年)に淡路島に流れ着いた流木を島民が薪がわりにと火をつけたところ、その煙が素晴らしい香りであったことをきっかけに朝廷に献上され、そのことは聖徳太子の伝記にも記述がある。そして、その流木が沈香(じんこう)と言う香木だったと言われており、現在もなお、線香をはじめさまざまな香りのプロダクトの原料に使用されている。

そんなルーツを持つ「香りの島」に、和泉さんは2021年に自身のアトリエ『胚(はい)』を構えた。以降それまでプロジェクトベースが主であった香りの制作だけでなく、調香の域を超えてさらに五感を研ぎ澄ましながら、自身のクリエイションと向き合う時間を大切にするようにもなった。この場所が完成して3年、ようやく自分のアトリエ然となってきたようだ。

「ここは360°すべてを土に囲まれていて、さまざまな匂いやノイズを吸収し、窓を開ければすべてがクリーンになります。香りという目に見えないものと向き合い、意識を集中させて制作するだけの場所。むしろ向き合うこと以外できない場所なんです。でも以前は自宅で制作をおこなっていたこともあり、最初のうちはアトリエをうまく使いこなせていませんでした。3年経って、ようやくこの場所と仲良くなれた気がしています」

香りにまつわるアイデアや技術の幅や精度も、どんどん広がっている。現在もさまざまなプロジェクトで協働する、線香や室内香の製造・販売の老舗、薫寿堂の淡路島工場にも足を運んだ。同社の研究開発課部長の積田正浩さんも、和泉さんのクリエイションに一目を置いている。

「和泉さんとは約5年ほどのおつきあいになりますが、共にトライ&エラーを続けてきた仲。お香の業界では通常使わないようなユニークな原料を選んだりなど、今までにはない発想にいつも驚かされています。線香というとやはり仏具のイメージが強いので、それを払拭していかないとマーケットが広がらないと思っています。和泉さんのような方と今後もよい関係を続けながら、向上していきたいですね」

和泉さんも自身の制作だけでなく、淡路島における香りの業界の未来にも目を向けている。

「線香自体の需要は下がってきているので、時代にあわせてそれ以外のプロダクトも考えていくべき。淡路島は生産地だからこそいい原料が揃うだけでなく、だからこそ成り立つ技術やノウハウがここにはあります。薫寿堂さんとの協働で、そのチャレンジを少しずつ僕もさせてもらっています」

それはまさに伝統と革新。東京と向き合った和泉さんが、次は香りと向きあう。香りのルーツである淡路島でその歴史を辿りながら、またあたらしいクリエイションが生まれる準備は整っているようだ。

集めたものたちを、土地の記憶に変換する

「集めたものや情報を、一度アトリエで広げてまずは整理をします」と和泉さん。植物は東京の街に昔からあったものに絞り、中でもハマスゲ、ツワブキ、ヨモギなど香りがより感じられるものを選定した。収集したこれらの植物の香りを乾燥させ、あらためて確かめる。種をすりつぶしたり、時に植物を沸かした湯につけ、お茶として香りや味を試すことも彼らしいアプローチだ。香りをとじ込めた東京の”記憶装置”をイメージし、土地のにおいを土のにおいになぞらえ、根の部分も使いながら香りの検証を重ねていった。

そして選んだ植物をタブ粉*とヤシガラの炭、水と配合し、練り合わせ、成形し、約3日間乾燥させる。配合の比率によって型への収まりが悪くなったり、乾燥時に割れてしまったりするので、その作業を何度も繰り返しながら、TOKYO CRAFT ROOMの香りのレシピが生まれていく。

*クスノキ科の椨(たぶのき)の樹皮を粉状にしたもので、お香や線香を作る際の基材として利用される。

宇都宮檀さんによる、石からとった銅製の型も完成した。彼女が日本人と山の関係を思い、その景色を想像して初めて選んだという”丸くなくゴツゴツとした、山の様に見える石”もまた、この記憶装置の一部となる。

完成した香りをかいだ時、東京と向き合いながら、私たちは何を思うだろう。和泉さんにとっての『胚』のように、意識が研ぎ澄ませられるのだろうか。何かに想いを馳せるのだろうか。植物、石、その根底にある土、そこに広がる景色…….和泉さんが東京で見て集め、そして淡路島で向き合った香りの核となるキーワードが、ようやくひとつの形となって現れようとしている。

Story3へと続く

Kan Izumi

和泉 侃

香りを通して身体感覚を蘇生させることをテーマに活動するアーティスト。植物の生産・蒸留や原料の研究を行い、五感から吸収したインスピレーションのもとに創作活動に励む。作家活動と並行し、香りを設計するスタジオ「Olfactive Studio Ne」を発足。調香の領域にとらわれないディレクションで、チームと共に香りで表現される世界の可能性を広げている。
https://izumikan.jp/

“記憶装置” Scent & Music

“記憶装置” Scent & Music

Size:
Scent / W53xD25mm
Music / 30分

Material:
Scent / ハマスゲ、ツワブキ、ヨモギ、タブ粉、ヤシガラの炭、水

Price:
Not for sale