和泉侃さんによるTOKYO CRAFT ROOMのための香りが完成した。「東京の記憶装置」をイメージし表現した石の形の印香は、この部屋で過ごす人たちのさまざまな感覚に触れるだろう。そして、ここから本プロジェクトはさらに次のステップへと進む。それは和泉さんの香りをきっかけに「音楽」を作るというもの。音楽家の江﨑文武さんを迎え、またあたらしい試みが始まろうとしている。
香りの名前に込めた意味
東京と淡路島を行き来し、プロセスを重ね、さまざまなインスピレーションを交差させて完成した香りが、ついにTOKYO CRAFT ROOMにインストールされた。その瞬間、部屋に散りばめられたデザイナーや作り手たちと作ってきたさまざまなクラフトが、ひとつにまとまったように感じられるから不思議だ。手のひらにそっと収まるほどのちいさな香りのかたまりが、この広い空間で存在を印象づけ、そしてここに必要なものであったということに気づかせてくれたようにも思える。
「記憶装置」。それは和泉さんがこの香りにつけた名前であり、これまでのプロセスで、彼自身何度も口にしていた言葉だ。TOKYO CRAFT ROOMで自分と向き合いながら次第に東京の風景や土地の変遷に想いを馳せ、その体験を香りに変換した。それは、”感覚の蘇生”をテーマにものづくりを続ける和泉さんらしくもありながら、まったくあたらしい香りの形。
この印香を収めた蓋付きの壺は、京都の陶芸家、石井直人さんによるもの。通常は閉じている蓋を開けると、香りがふわっと広がる。「香りという存在を意識して、自ら嗅ぎに行くという所作から感じ取れるものを大切にしたい」という和泉さんの想いが、実現した。
そしてこの香りのプロジェクトには続きがある。それは、完成した和泉さんの香りをインスピレーションに、音楽を作るというもの。制作を担うのは、音楽家の江﨑文武さんだ。
クラフトのアプローチで考える「音楽」
2013年に結成したソウル・バンド、WONK(ウォンク)の一員としてキーボードを務めるほか、数多くのアーティスト作品にレコーディングやプロデュースとして参加するなど、多岐にわたり音楽活動をおこなう江﨑さん。2021年にはソロ活動をスタートし、ピアニスト、作曲家としての活躍にもさらに注目が集まっている。和泉さんとはかねてより親交があり、WONKの音楽のコンセプトをベースにした香りの制作をおこなうなどの協働歴もある。そんな江﨑さんをTOKYO CRAFT ROOMに招き、完成したばかりの香りを体感してもらった。
「”街のなかで、ふといい香りがした時”というのが第一印象。自然的すぎず、でも人工的でもないその中間をとったような、素敵な香りですね。”東京をイメージした香り”とうかがっていたのですが、香った感じや触った感じでいうと、土っぽさがある。それで、僕はまだ行ったことがない侃くんの淡路島のアトリエを勝手に想像しました。その中にある土壁から香ってくるものってこんな感じなのかな、と。これまで侃くんとの協働で作ったWONKの香りは、基本的には曲と歌詞の内容に合わせて、”スモーキーでウッディな香り”とか”柑橘ぽい、爽やかな香り”といった、ある意味わかりやすいオーダーをしていたのですが、この香りはそれらとは違って、ジャンルによらない感じが、すごくいいですね」
そして、キーワードとなる「東京」を受け、東京という街、さらにはHAMACHO HOTELがある東京の東側のエリアについても自身の想いを続ける。
「僕にとって東京は、日本各地から面白いものが集積されていて、絶えず新陳代謝がいい状態で、ニューヨークやロンドンなどで流行ってるものも入ってくる”ハブ的な街”というイメージがあり、とても好きな街です。東京の東側でいうと、江戸文化を支えてきたエリアですが、この10年ぐらいでまた、東側で活動する人たちの結束を感じる瞬間が多々あるんです。バンドの事務所や僕らが運営するワインバー『TEO』があるのも東エリア。新しいものがどんどん生まれていくことが東京の面白さではあるのですが、 300年弱の徳川家の歴史が詰まった街でもある。だから、東京がもともと持っていた魅力を掘り出すことで、新しいものを作る人たちと切磋琢磨しながら、相乗効果を生むことができるんじゃないか、なんてことを考えていました。このTOKYO CRAFT ROOMもまさにそう。部屋に初めて入った時、ラグジュアリーホテルのようないわゆる有名家具によらないしつらえが、とても素敵だなと思ったんです。そこに、東ならではというか、日本のものづくりに対するプライドを感じました」
これまで和泉さんと協働の経験はあるものの、香りから音楽を作るという、いつもとは逆の手順で取り組む今回のプロジェクト。音楽の制作に向かうため、和泉さんが作った香りはもちろん、その背景にあるコンセプトと、このTOKYO CRAFT ROOMという存在をかけあわせながら、江﨑さんなりに思考を巡らす。
「香りから土っぽさを感じたので、音楽も、人工的ではないサウンドで仕上げようかと思っています。仕事柄、音を合成して作るシンセサイザーのような楽器を使うことも多いのですが、そうではなく、アナログな質感を感じられるように作ってみたい。音質がいいとかそういうことではなく、たとえば自宅でピアノの音をカセットテープで録ってみるとか、そういった方向で作る音楽を現段階では考えています」
香りからのインスピレーションで、敢えてローファイなものに惹かれていった江﨑さん。そしてその思考は、これまでTOKYO CRAFT ROOMのプロジェクトでおこなってきた、数々のクラフトのアプローチと自然に重なった。どんな状況においても「美しい響きを作ることを貫く」という江﨑さんの音楽からもまた、わたしたちの感覚が蘇生されるのだろう。
Kan Izumi
和泉 侃
香りを通して身体感覚を蘇生させることをテーマに活動するアーティスト。植物の生産・蒸留や原料の研究を行い、五感から吸収したインスピレーションのもとに創作活動に励む。作家活動と並行し、香りを設計するスタジオ「Olfactive Studio Ne」を発足。調香の領域にとらわれないディレクションで、チームと共に香りで表現される世界の可能性を広げている。
https://izumikan.jp/
Ayatake Ezaki
江﨑文武
音楽家。1992年、福岡市生まれ。 4歳からピアノを、7歳から作曲を学ぶ。WONKでキーボードを務めるほか、King Gnu、Vaundy、米津玄師等、数多くのアーティスト作品にレコーディング、プロデュースで参加。 映画『ホムンクルス』(2021)、ドラマ『黄金の刻〜服部金太郎物語〜』(2024)『完全無罪』(2024)『#真相をお話しします』(2025)をはじめ劇伴音楽も手掛けるほか、文藝春秋『文學界』や西日本新聞文化面での連載、NHK FM『江﨑文武のBorderless Music Dig!』でパーソナリティを務めるなど、様々な領域を自由に横断しながら活動を続ける。芸術教育プログラム『GAKU』では音楽の講義を担当。
https://www.ayatake.co/